崋山名作展
1961年08月渡辺崋山の没後120年を記念する展覧会が東京日本橋三越で8月15日から20日まで開かれ、作品約120点が展示された。
渡辺崋山の没後120年を記念する展覧会が東京日本橋三越で8月15日から20日まで開かれ、作品約120点が展示された。
33周忌記念展ということで代表作70余点、遺品を加えて100点近くが銀座松坂屋で19日から27日迄展観された。劉生回顧展は時折行われているが、「門と草と道」「冬の日の崖上の道」など数点久し振りの出品がみられた。
文化財保護委員会は8月7日から11日まで、中尊寺金色堂の損傷程度と修理の方法について実地調査を行った。これは、来年度に予定されている根本修理に先立つもので、松田権六ら6人がその任に当つた。
親鸞聖人の7百回大遠忌を記念する親鸞上人展が8月8日から18日まで読売新聞主催のもとに東京白木屋で催された。
北海道沙流郡平取町教育委員会と毎日新聞の後援で、今年から3年間、沙流川流域を中心に行われる「アイヌの歴史学的調査」(調査団長・駒井和愛)の第1年度現地調査が9日より始つた。
埼玉県東松山市大谷にある「三千塚古墳」をふくむ丘陵地帯78ヘクタールがゴルフ場となるため、ゴルフ場着工前の7月25日より1ヶ月間、大規模な発掘調査が行われた。これには、10大学、約50人の調査団と地元の高校20余校・地方研究家50余人が参加した。
奈良国立文化財研究所長小林剛、守田公夫らは、8月3日から3日間、奈良市西大寺町、西大寺の総合調査を行ない、同寺所蔵の絵画約3百50点のなかから、興正菩薩叡尊画像など画像3幅、板絵浴室本尊羅漢画像など板絵2枚を発見した。
新潟県村上市肴町の観音寺にある仏海上人の入定墓の発掘調査が、日本ミイラ研究グループと地元の村上市教育委員会の手で、7月17日より1週間行なわれ、ほぼ完全なミイラを木棺とともに発掘した。仏海上人は明治36年に死亡しており、日本で最後の即身仏といわれる人。
朝日文化賞受賞を記念しての展観で、受賞の対象となった四天王寺五重塔扉絵の原画をはじめ新作を加え約80点が大阪高島屋で4日から9日迄展示された。なお引続き8月に名古屋、福岡、東京の順で展覧会が開かれた。
7月14日、東京オリンピック組織委員会は、芸術展示特別委員会を設け、26氏に委員を委嘱した。26人の氏名は以下の通り。有光次郎・有島生馬・朝倉文夫・浅野長武・花柳寿輔・堀口捨巳・細川護立・市川猿之助・稲田清助・加藤成之・河原春作・岸田日出刀・北村西望・久保田万太郎・前田青邨・松田権六・成沢金兵衛・信時潔・緒方信一・高橋誠一郎・高村豊周・富永惣一・辻永・山田耕作・山口蓬春・山崎覚太郎。なお、20日には院長に細川護立氏が選ばれた。
文化財保護委員会では国法犬山城(成瀬正勝氏所有)の解体修理のため2千5百万円の補助を決定、地元負担の1千万円を合せ、文化財保護委員会の指揮のもとに36年度から工事にとりかかることとなった。
滋賀県栗太郡栗東町の新開古墳から発掘された出土品百数十点の復元をめざしていた京都国立博物館では、このほどその完成をみ、7月4日から9月3日まで館内に陳列、一般に公開した。
日本芸術院は第一部(美術)の欠員を補充するため同部の会員で投票した結果、16日日本画の宇田荻邨を新会員に決めた。
日本芸術院では院長の任期満了にともなう改選について会員に書面投票を求め、16日開票した結果、現院長高橋誠一郎の再選が決定した。 同氏の院長就任はこれで連続5期となった。
鎌倉市高徳院阿弥陀如来座像(通称鎌倉大仏)の改修工事が2年5ヶ月ぶりで終わり、27日午後、開眼供養が行なわれた。また今回の修理の際、大仏の総重量が124トンあることもわかった。
ユーゴのリュブリヤナで開かれている国際版画ビエンナーレ展は、10日、浜口陽三(在パリ)に1等賞(50万ディナール、約60万円)を授与した。また菅井汲(在パリ)にも30万ディナールの賞を贈った。
本年2月解散した日本木彫会の旧会員有志によって向彫会が結成された。会員は佐々木大樹、中野桂樹、山脇敏男、西出大三、佐々木日出雄等13名で、6月26日から京橋中央公論画廊で第1回展を開いた。
日展系工芸家が中心となり、新らたな創作活動を目指してつくられた団体。板谷波山、岩田藤七、高村豊周、山鹿清華を顧問に、山崎覚太郎が委員長となり、役員、会員は、染色、金工、陶磁、硝子、漆工、その他工芸のあらゆる分野の人を含んでいる。日本テレビ、読売新聞社が後援している。事務所は東京都千代田区神田鍛冶町1ノ4
1,000年来の秘仏といわれる和歌山県伊都郡九度山慈尊院の本尊弥勒菩薩座像を文化財保護委員会の技官がが6月8日はじめて三重の扉を開けて調べたところ、金色極彩色の仏像がほとんど完全に近い姿で残されており、9世紀、平安初期の代表的名作であることがわかった。